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久しぶりの美術鑑賞

 投稿者:総参謀長  投稿日:2019年 5月20日(月)08時37分0秒
返信・引用 編集済
  退院後初の美術展だ。もういいかな・・なんて思っていたが、行って良かった。
心が豊かになるというか、癒される。実はは新しい刺激と作品の年月や重い等を感じる事に集中するからだろうと分かっている。
今回は東寺だ。国宝や重要文化財のオンパレード。南無大師遍照金剛である。
朝一番で正解だった。観終わった頃は入場制限がかかっていた。
いつもより豪華なランチで午後一には帰宅した。
興福寺の阿修羅像に続くイケメン仏像として流行らせたいのか、帝釈天の撮影が許可されていた。

東寺の仏像
一連の連作が同作者なのはわかる。
明王像は慶派の源流かとも思ったが、修理自体に関わったらしい。
如来の修復は酷いと思った。修理にかかった集団が違うのではないだろうか。
時代と職人集団、修理時期、修理部分等色々な人が携わっているので、もはやだれが作者か?
どころではなくなっているのかもしれない。
私は如来の表情には裏があって怖く、明王像は怖い表情の奥に優しさを感じる。
思わずニンマリしてしまう四天王や明王。
見守るより見張っているような如来像。
自分のヘソ曲がり度合がよく表れているが、もしかすると作者の意図を汲み取っているかもしれない。
立体曼荼羅自体、製作意図が、人に見せる事なのだ。
明王はお釈迦様の仏教には登場しない。
密教とは善無畏が南インドから持って来たとか・・非アーリア人とか、ヒンドゥーの前身の影響だとか・・
まぁ色々言われるが、弘法大師が日本に持って来た。雑密とかあったので、道教的なものや仏教的なものが
山岳信仰等に入り、修験道は古くからあり、安倍晴明の2百年前の役行者が開祖とされる。空海の百年以上前に
修験開祖がいたのだから、その時代の物は誰が持ちこんだのだろう。
そもそも存在を知らなければ空海も取りに行かなかったかもしれない。
そんな事は考えもしない、目の前の重要文化財たち、何か歴史が伝わるし、何か思いが凝縮されたような、
とてもスピリチャルな美術作品であった。
 
 

般若

 投稿者:総参謀長  投稿日:2019年 5月14日(火)09時51分45秒
返信・引用
  他人任せとは、任せた自分の責任を負う事になるのだが、現在では「知らない」と言う。
「勝手にやった」と部下を言う。では、誰が責任を負うのか。
昭和に映画で無責任シリーズというのがあったが、現代ではそれは酷い事になった。
責任をとれない責任者とはいったい何なんだろう。
我が国ではこの点が崩壊しているのだが、ここも格差に繋がるのだと言える。
責任を負う為の権限と対価が与えられるのだが、そこから無責任を権限によって高めて行く。
そんな社会は最悪でいつか暴動が起こるものだが、もはやそんな事に巻き込まれるのは
体力が持つかわからないのだが、智慧が迂闊にもついてしまったので、知恵に対抗しなくてはならない。
あー、強く、無責任で、頭よく社会を泳いでいる人には用がないだろうが、
逆の人や前記に強欲が付け足される人には接点が生まれる。これが真理というジャンルである。
般若は智慧である。知恵とは別の物の用途で使われる。
辛い、暗い社会へ向かうのは現在がそうでなくても憂鬱になる。
そんな時に2000年前の教えを現在勉強する羽目になるとは、進歩のない事で。
 

復帰

 投稿者:総参謀長  投稿日:2019年 5月13日(月)10時57分1秒
返信・引用
  シェルパのスターターブラシをやっと交換、+側がかなり減っていたようだ。
普通にセルスタート出来る喜びはどこでもエンジンを止められる事で、
普通な事のだが便利だなぁと感じる。
タイヤもついでに交換、ヘッドオイル漏れ、チョークワイヤー交換と、
一気に不安箇所を処理したので安心してどこかに行ける。
修理出しと受け取りで週末の二日はどこにも行けず、この機会に衣替えを行った。
土曜は気持ち良く昼寝出来たし、日曜は天気が不安定で買い物ぐらいでのんびりしてた。
バイクが動かないと少し自由が奪われた感じがする。
体調も含め、やっと現状復帰してきたようだ。
後はとりまく環境というか、保護力の回復だろうか。
 

錯覚でも思い込みでもない

 投稿者:総参謀長  投稿日:2019年 5月 8日(水)11時24分16秒
返信・引用
  何度も行きたくなる場所。それがたまたまアニメの聖地とされている場所だった。
初めて訪れたのはその情報だったのだが、行ってみて「なんとも表現しづらい良い場所だ」
と思った。ここにキャンプしたいとも思った。でもずっと居られないとも感じた。
「また来よう」そう思ったからだ。
2か月に三回も訪れて、何でわざわざと自分に呆れる一方、次のシーズンの風景をこの目出見たいとも思った。四季を感じる時にこの風景が思い浮かぶ。
そんな不思議な場所が全国でも有名な有機農業の行われている場所で、土地自体が持つ自然力、エネルギーが集約されて農作物を育てている場所なのだとわかった。
土地自体に“力”が集約されていたのだ。
こんな田舎の一部分にしては手入れがしっかりしてるし、家庭菜園体験もあるんだなぐらいしか思ってなかった。このいい雰囲気がアニメの舞台になったのであって、
聖地だからいい雰囲気なのではないとわかっていたが、納得の事実がわかり、
自分の感受性能にも自信がもてる事になった。
実際に自分が癒される場所なので、錯覚でも何でもいいのだが、確かにパワーがある場所であったのだ。
 

経年劣化

 投稿者:総参謀長  投稿日:2019年 5月 7日(火)10時26分8秒
返信・引用
  シェルパの部品発注と応急処置を行った。経年劣化が次々に症状となって現れる。
体も道具もだ。先人達が現役を引退する気持ちの持ち始めとはこんな状況だろうか。
フィジカルとメンタルの両方をフルメンテナンスする機会が今年到来した。
春先でも動物的ワクワクはないのは、今年が寒いからなのか、バイクの調子が悪いからか、
映像を楽しんでるからか、それぞれ全部が少しづつの理由だろう。
体内栄養素の変化が気持ち迄変える事は知っているが、普段は忘れている。
総合的に言うと元気がなくなって来るという事だな。
先人はどうしてるんだろう。趣味と食事と運動って話になるんだろうな。
運まで減ってるかと思ったりするが、陽気のせいもあるな。
手術した後の何らかの変化は感じているが、それは色々と振り返ったり、
慎重になる事なので、これまで気にしなかった事がいつも気重になるって事だ。
これも慣れだろうが、大きな変化なのは間違いない。
様々態度をあらためる痛烈な年となった。
 

新元号

 投稿者:総参謀長  投稿日:2019年 5月 2日(木)09時58分31秒
返信・引用
  ここ数代は先代の崩御にともなうものだったので、代替わりのスタートは
悲しみの中にあった為か、派手な催しはなく、粛々と進行して行くのかと思う。
祭祀の部分は変わらないだろうけど、表側の祝賀ムードは若い世代のエネルギー発散の
きっかけの一つであり、リセットと次の時代の期待感の表れである。
まぁ、連続する時間の中で次の時代とは何か?であるが、実際に1元号内で記録や
称号を作ったりするので人々が勝手に時代を作るのだが。
とにかく、初参り、初日の出とか、新年行事に近い感覚で新元号を噛みしめているようだ。

さて、この自分もここ最近は大反省の連日で全ての人々との接し方に気をつけるように
なった。それは全てに客観的であり、不自然なんだと言う事になるが、
それを自然に、主観的に統合しながら行う事がどうやら出来るものらしく、
これまで学んだものの到達点の一つでもあるらしい。
奇しくも新年号の時期に重なるとは偶然であるが、世間のエネルギーにも関連してる。
時代や世間について行けない等と思う事、世代ギャップが加速して行くと思うが、
諸行は無常なので、流れ、変化していくのが自然である。
昨日は電車の中で光の帯というか、目の前明るくなったし、その帯状の太い何かが
寝ている間にも動いていたし、何だか会得したような、不安定だが、何かあるようだ。
中二病ではないと言えるのだが、神仏は中二病と何が違うのだろうか。
 

ZEP

 投稿者:総参謀長  投稿日:2019年 5月 1日(水)13時36分14秒
返信・引用
  2年ぶりの遠出となった御前崎。数年ぶりの仲間と再会出来て良かった。
皆歳とった。話の内容も変わって来た。
峠攻めはなかったので、高速だけであったが、帰宅後は二日眠かった。
手術後の初入浴も出来たし、気分転換は最高だった。
排便はほぼ無しで少々課題が残るかな。
楽しみも含めた緊張状態だったかもしれない。
御前崎は風が強かったが、初夏の前取りが出来た。
池宮神社;静かで人も少なく、ちいさな子供連れファミリーが芝生でご飯。
そんな国道150号に出ると大鳥居があった事が驚きだ。
拝殿の向きは東向き、神武に縁が強い駒形神社もあるが、白羽という地名もあり、
ヤマトタケルを連想させる。こちらは御前崎ルートも考えられている。
諏訪との繋がり伝説もあるので、国津神系の何かかもしれない。
何かパワーを具体的に感じる事は出来なかったが、何かるとは思う。
浜岡砂丘;
大き目な砂丘は初めてだったが、ただの砂丘と思う程、砂丘を実感出来た。
気分転換にはなったが、体力が意外に残っていたというか、気力はあったというか、
まぁ、もう少しバイク旅は出来そうだ。
 

観まするに・・

 投稿者:総参謀長  投稿日:2019年 4月25日(木)14時04分59秒
返信・引用
  大気循環が激しく、日本では気温差が激しくなってると感じます。
寒冷渦で寒気が流れこむととんでもなく寒なり、南岸の低気圧はこの時期
蒸し暑い空気を運んでくる。
2019年の春は一瞬の出来事で梅雨のような天気がGWにやって来そうだ。
さて、空を観ると夏雲はなく、まだ春雷のせめぎ合いが極端なだけといった所。
大陸の寒気と南海の暖気が日替わりでやって来ていると言った都内である。
荒れるのか、浄化なのか、日本は変化が大きく、リセットされる年となるが、
価値、道徳、正義、この辺りが大きく後退すると今後がない。
幸いにして高齢化社会なので、年寄りが五月蠅くしてくれると、この辺りが保たれる。
 

キャンプの賜物

 投稿者:総参謀長  投稿日:2019年 4月23日(火)14時14分23秒
返信・引用
  入院する時の準備は少しワクワクした。電気が使えるので、ブルーレイやウォークマンを持っていった。
髭剃りも使った。そして、久しぶりのツーリングだが、1泊なので大した準備がいらないようだ。
少し拍子抜けだ。テント、椅子、バーナー等がいらない。なんて事だ。キャンプに比べて楽なのだが、
もの足りなくて、民宿でお湯沸かすかな?なんて考えてしまう。
装備だって、ジーパンに無線と普通のライジャケ。ポリス仕様の装備はいらない。
荷物の必要性も心得ているし、屋根付き、布団付き、食事付きなら持参品はお金だけである。
あー、なんだか準備がつまらない。
これもキャンプの贈り物なんだなとしみじみ思う。
装備の必要性、今回は準備びについてだが、これまで、道具の種類と使い方、自然の中で過ごして感じる事等を学んで来た。のんびりだが、自然に対しては必死に対応しているのが心地よい。
ふだんとは自分の使い方が違っている。
大変良い趣味ではないだろうか。
 

私のかかりつけ

 投稿者:総参謀長  投稿日:2019年 4月23日(火)10時58分59秒
返信・引用
  現在で二代目の医院長である。先代と現代とは親子である。私は先代からのかかりつけ病院である。月に一度は通って薬の処方をして頂き、色々と検査してもらっている。先代時にはピロリ菌駆除やら、脳、心臓等も検査してもらった。現代は内視鏡医でもある。胃の検査は大丈夫だったが、大腸で手術となった。いつも総合病院を紹介してもらっている。この度も直ぐに紹介状を頂き、素早い対応となった。町医者であるので、“常連”と“一見”では相手も対応は違って当たり前である。長い間の診療記録があり、信頼関係のある者は、良い悪いと別のものがある。
当該医院は一見さん対応も素晴らしい筈だが、町医者としての地域患者との付き合いはさらに
素晴らしく、先代はよくお年寄りの早朝の訪問回診をしていた。経営的な話もした事がある。
良い仕事の正当な対価として、経営はしっかりしていただかないと診療場所がなくなってしまっては困るので、私は立派だと評価すれど、「なんだ金儲け主義か・・」等とは思わない。
よけいに信頼を寄せられる間柄ではないかと思う程だ。
たまに検査が営業セールにも聞こえるかもしれないが、無駄を押し付けたりはしない。
患者が親子二代で通っていたり、診る方も代替わりしてたり、今後も長く続いていきそうな医者だ。良いかかりつけ医とはこういうものだろう。
 

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