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6月の旬

 投稿者:総参謀長  投稿日:2017年 6月23日(金)10時52分51秒
返信・引用
  私的には蛍と梅雨と紫陽花。
今年はキャンプ時にホタル観賞も考えたがスルーした。寂光不動が凄かったからか。
その後に気がつく都内鑑賞会は終わっていたり、今年は中止だったりとなっていた。
アジサイに関しては、北鎌倉に珍しく電車で行ったが、明月院は¥500とって、入場させるだけの
ブラック法人であった。入場規制等考えるべきだ。ただの人の行列。これが寺院の姿か。無料ならともかく、
有料なのだ。
円覚寺や八幡宮等の施設はお蔭様で空いていた。
今年は梅雨前の初夏の海と山を早めに体験したし、タケノコもしらすも食べたし、
もうまもなくトウモロコシとセミの声を堪能できるという楽しみくらいだろうか。
車検も終わり、趣味の道具も増え、まもなく、自作スプレーと蚊取線香の出番である。
レイングッズは揃っていて事足りているようで新規仕入はない。
我ながら驚きである。
今年の衣料はドライ素材比べとパイロットツナギだ。
飲料系はBPAフリーボトルと珈琲ドリッパー。
ツナギ以外は日常使いで十分役に立っている。
 
 

落ち着いた2017年初夏

 投稿者:総参謀長  投稿日:2017年 6月19日(月)15時33分23秒
返信・引用
  今年は既にキャンプは2回行った。3月下旬とと6月頭だ。
梅雨入り発表後の晴天は続いているが、例年のアウトドアへの渇望はそれほど湧いてこない。
今年はなんと街中でクワガタにも遭遇したので、例年の夢見も解消された。
既に充足感がある事で、夏の焦りに似た、うずうず感はまだない。
先週末には藤沢を通ったが、既に水着に近い女性がいたので夏の海もイメージしたが、
何故だか秋のワビサビ感の方が強くイメージとして湧いて来た。
これは自分の青春感覚が終わっているからだろうか。
今年は海も城ケ崎を見て回ったので落ち着いているのだかもしれない
まだ何とも言えないが、焦る気持ちがなく、落ち着いているのはとても楽だ。
それにしても今年は何やらふわふわしているのは家族の手術などが続いているからだろうか。
寒気が強く梅雨前線もなかなか北上出来ずと言った天候も平年とは違うのだが、
地震活動も活発でホントにこの瞬間は多くの国民がノーマークである。
首相と知事が主役のニュースが連日だが、災害でも起こったら一発で報じられなくなる。
かと言って連日震災の話題があっても、人々は麻痺してします。
ここが難しい所だ。
世間的にも明るい未来の話題はないが、少しがまんすれば平和で居られそうな気配に、
一部の困っっている方々以外は落ち着いている。
それでも私は自分の落ち着きが楽なのだが、少し不安でもある。
 

今年二回目の亀山キャンプ

 投稿者:総参謀長  投稿日:2017年 6月13日(火)11時13分50秒
返信・引用
  流石に装備も整理がついたようで少なくなったし積載も楽になった。
持参品、積載道具を探すのに時間がかかった。
今回はペンタシールドをティピーと連結する試み。
¥100ショップで巾着とカラビナでなんとかイメージ通りに張る事が出来た。
ペンタ張りは初めてだったが、サイドポールも持参し、なんとか恰好が着いた
張綱&自在も自作準備が役立った。ガイロープやペグ、ポール、自在がたくさん別売りしている
理由がわかったのだが、オリジナルパッケージものの粗末さは呆れる。
笑Sも二回目だが、炭への火付けも焦らないようになった。
持参食料もオーバー量をやっとわかって来た。今回は撤収ものんびりゆっくり楽しんだ。
ロゴスティピーは風がふくとうるさい。あまり寝られなかった。
帰宅後はぐっすり寝た。鼻と目元が重くなるくらい寝た。
寂光不動は不思議な空間だった。下が細かいフカフカの砂で、何種類かの動物の
足跡が残っていた。大変な驚きだった。ここは聖地だ。
小さな懸崖造りの不動堂は修験者たちの休憩場のような、風雨を遮る施設のようであった。
適度な登山と自然中での宿泊は私には、体も動きが軽くなり、精神も充電がされて、
心身共に調子良くなった。自然エネルギーをたくさん貰うと腹も空かなくなるようで、
空腹感もなく、上総の井戸水で体力は十分補給出来た。
この水は今回美味いと実感できた。ナルゲンのお蔭で、キャンプ場の水と飲み比べが出来た。
この度のキャンプは“落ち着き”がついてまわった。
お蔭で、山道も回ったのに、疲れより充電量の方が多かったと思う。
焦らない。ゆったり余裕で冒険する。これが疲労を減らし、後片付けも楽しむ事になる。
この点は今回勉強になった。

※久留里神社
天狗の面といい、神亀といい、修験、道教とくれば密教も外せない。
妙見菩薩となればここは神仏習合の名残がそのまま。
庚申塔もここに集められていた。
まさに、地域の守り神!! そんな気がした。

※嵯峨和
相変わらず美味い飯。釜飯が季節ものになってしまって残念。
いい風も変わらず健在。
 

週末の収穫

 投稿者:総参謀長  投稿日:2017年 5月29日(月)10時34分13秒
返信・引用
  土曜は朝から車検出しに三往復。暑くなって来たので髪を切り、溜まっていたカメラの画像を
PCに移し、半日が終わる。
日曜は朝から自衛隊の訓練を観に行き、規模の小さくなった展示をさっさと切り上げ、
金沢文庫へ向かう。久しぶりであったが、綺麗になっていた。
そして称名寺の庭園と山の散歩ルートを歩いた。
途中で大楠山ハイキングルートを思い出したが、頂上裏は住宅街で、トラックや原付の走行音が
直ぐ横から聞こえた。この自然と人工の境はなんとも不思議であり、自然側からすると嫌な世界の接近であり、
逆からすると癒しの空間への境か、虫等の嫌な動物のやってくる境なのだ。
この不思議さ、不快さの境界こそが異界を感じ、理解するヒントやきっかけになるのだろう。
そこは目指したくないが、感じ取れてしまったら仕方ない。
ジブリや他の様々なアニメや映画で異世界との境界を描いている原作者達はこの感覚を知っているのだろうか。
今回の境界の雰囲気の差は生き物の差であった。住宅街は人間に都合よく全てが加工されていて、
都合の悪い生物は排除されている。鑑賞か食用以外の他の生物は排除か隔離されている。
だからこの存在する保護区(自然)の方が人間の都合が極力小さくされている。
この構成世界の差は圧倒的である。
ま、そんな事を感じさせる為の保護区なのかもしれないけど、人の手で守る自然とは、
なんと傲慢なのであるか。
そんな事を考える散策であった。
 

ついに!

 投稿者:総参謀長  投稿日:2017年 5月25日(木)08時50分28秒
返信・引用
  母の見舞い帰りに妻がバスの降車を一駅手前で降りてしまった。
しかし、そこで妻が「クワガタ」を発見した。
戸塚駅からすぐの歩道であった。こんな所にコクワガタ・・。
暫く手の中でもがいていた。アゴと前足で指と指の間をこじあけようとする感覚・・。
久しぶりに味わった。
飼うかどうか一瞬迷った。東京で放してやるか?地元か?
やはり地元だろうな。今度は人のいる所に出て来るなよ。と言いながら放した。
去年からは見ていないが、ずっとクワガタ捕りの夢を見ていたので、これでもう大丈夫だろう。
蛍も見たし、後は存分にヒグラシの声を聴きたいかな。
なんて事ないようで、無意識下ではかなりな欲求解消になっていると思う。

※追記
梅雨の気配を感じてしまった。
来週キャンプなのに。
 

不穏な気配

 投稿者:総参謀長  投稿日:2017年 5月22日(月)18時12分26秒
返信・引用
  勤務中にブラインドにあたる日光が何とも白く見えて、人々の構築して来た人工物や
ゆたかな生活が、自然にリセットされてしまうような感覚になった。
そう言えば何か夢でもそんなリセット感を見たような・・・。
それは人々に罰を充てるとか、不信心を神が起こるとか、そんな何かの意思ではなく、
自然の出来事で、悲しむでも残念でも、悔しくも、またそれらの逆もない。
そんな移り変わりの一つなのだ。
だが、我等人々には一大事なわけで、自然の驚異にどう対応すればよいのか。
しかしながら、人間の引き起こした災難に比べれば諦めもつくだろうか。
他人の意思による破壊や暴力は恨みの連鎖を生む。
何故だろう、城っぽく見えるのは。夕方にはグレーっぽく見えた。
個人的な疲れのせいだろうか。
 

雪村

 投稿者:総参謀長  投稿日:2017年 5月22日(月)09時51分47秒
返信・引用
  早めに着いたので、周囲探索をした。
近くのバベルの塔の模型展示が無料だったのでそちらに。
釈迦三尊レプリカの方が見事だった。
日本人なんだねー。
2~30人は会場前に並んでいて、われ先にタイプが数人いて、嫌な感じもしたが、
開場後はそれほど混む事なく、鑑賞出来た。
若冲、蕭白は観てるだろうなと思うし、狩野派や光琳はその確証が残っている。
これらの事が言えるのは先に彼らの作品を観てるからなのだが、
ここから観たら大して感動しないと思う。
歴史的事件で時代を観ると関ヶ原の前の時代である。海北友松が同時代に重なっていて、
宗達が生まれた間もないとされる時だ。
そう考えると雪村は独学とはいえ、雪舟を別にしてもまだ無名な名人は居るのだろうと
思われる。そうでないと継承されない。師弟関係など無くても見本は必ずあるものだ。
現代作家の模写もあったが、技術は実物より凄いが、愛嬌と言うか、余裕のようなものが、
まったくなく、隙のない上手な作品だが、つまらないものであった。
若冲も緻密な表現が多いが、かれは細胞一つ一つを表現しているようなので、
生命観があって、単なる緻密な写実ではないと思う。
この辺りは観ていて感じる点である。
さて、雪舟はポーズや表情が奇抜なようで観る人をひきつける。
但し、彼は現代に評価のある作家達の先人であるから、奇抜と言うには語弊があるか・・。
シンプルな線、迫力のラインで表現され、どこか無心の行動、無垢な気持ちが伝わるのは、
ひょうきんさもあって、惹きつけられる点が宗達の風神雷神に通じる。
ちょっとアニメっぽいんだよな。
なんて色々感じながら堪能した。

これまで色々と観て来た事があって、はじめてわかる事がたくさんあった。
逆にこれまでの観て来たものの延長線上に雪村があったのだが。
 

人間は習慣性のいきもの

 投稿者:総参謀長  投稿日:2017年 5月18日(木)09時58分46秒
返信・引用
  先日、GW中のふわふわ感について、「何だろう」と考えていたが、
日常に戻るといつのまにか戻りつつ、そのまま忘れる所だった。
ようするに非日常の変化・刺激の起伏に精神が慣れてないだけの事だ。
毎日変化の多い人には、毎日同じことをし始めると退屈感が強くなるのだろう。
兵隊さん達の精神病もこの辺りに起因しているのではないか。
人間って、生活にあまり変化があると困るというか、適応させる労力を使う事を
避けたいのだろう。人によって度合や指向の違いがあっても基本は同じようだ。
ただ、変化が好きな人は刺激好きな人は適応範囲を広げたいとか、より求めるタイプ
なのだろうか。
楽しい日々は終わり、日常が戻るわけだが、1日の中でも食事や睡眠以外に
楽しい事を見つける。または刺激の意味で変化をつける事は大事だろう。
普段、他人より多くそうしてるつもりでも、GW等ではそういう状態になるのだから、
適応能力に問題があるのか、日常の息抜き自体が日常に組み込まれているような気がする。
いつもと同じ生活で安心する部分と刺激が欲しい部分と、バランスが難しい。
いずれにしても習慣性が強い生き物である。
 

落ち着かない日々

 投稿者:総参謀長  投稿日:2017年 5月15日(月)16時14分53秒
返信・引用
  GW始めから長野へ行き、中日は仕事し、二日の休みを挟んで三浦へ行き、仕事して入院付き添い、
説明を受け日があって立ち合いがあり、仕事して術後の様子を見舞う。そして私のお祝い会があった。
翌日は溜まった選択を曇天の日に雨の心配をしながら半日が終わった。
これで2週間が過ぎた。なんとも落ち着かない16日間だった。
日常とは違う日々が続くといつかはそれにも慣れるのだろうが、色々な出来事があった。
自分の体調も去年の辛い症状の兆しが見えたくらいで、なんとか大丈夫そうだ。
落ち着きのない半月は、精神状態がどこかふわふわして来る。
これが、そわそわだと問題だ。以前は大震災が起こった。
十分に気をつけながらこの時期をやり過ごそう。
 

2017年 三浦散策

 投稿者:総参謀長  投稿日:2017年 5月 8日(月)10時26分18秒
返信・引用
  今年は132年に一度の同時御開帳。
その中でも運慶作と認められている普段は見る事の出来ないものも
公開されているので、これを機会に見てまわった。
まずは城ケ島散策である。ここはあまり行く事がないので選定したが、
安房崎、洲の御前社にも行く事が出来た。
ここは館山を意識した名称となっている。吉井の神体石はここにあると俄然凄みを増す。
海岸線を散策しながら昼食後、小桜姫観音を探す。
ここは海岸浸食のちいさな洞窟状の祠といった感じだが、なんとも言えない、いい佇まいだ。海からのまっすぐな岩の浸食線がいくつもあり、なんとも温かく清らかなものを感じた。懐かしい清々しさとも表現できる。夏にまた来よう。
そこからは道に迷いながら、諸磯神社若宮の小桜姫のお社にいった。
鳥居の上に通る電線が風の音で唸っていたのが印象的だった。
ここは静かで、掃除もしっかりされていて、地元の尊崇がわかる。
地元感が強く、民と土地神と言った関係の雰囲気がわかりやすいお社。
若宮にはお花等のお供えも新しく、密かな人気が伺える。
ここ油壷の雰囲気も荒涼感があり、いい癒し所であり、修行場だと思う。
ここからは宿泊施設に向かい、BBQ、風呂を頂き、就寝。
この施設はその敷地の広さと立地がなかなか。コスパはいいけど制約も多い。
翌日は浄楽寺で運慶の仏像群を拝観した。
私には勢至菩薩が何やら御霊を感じた。毘沙門天はその像の美術的価値が伝わった。
不動明王像も素晴らしく、運慶作品の特徴をよくつかむ事が出来た。
その後に葉山で良い風景を堪能し、神武寺の御開帳を拝観しに伺った。
こちらは薬師如来さまで、十二神将、日光・月光菩薩、庚申の三申も配置されていた。
人出は思ったほど多くなかったが、普段に比べればこの賑わいはなかなか。
それでもこの自然観は負けずに存在していた。普段よりは柔らかかったが。
その後、市場で昼食をとり、凄い睡魔に襲われながら帰宅した。
途中、西さんが気をつかって話かけてくれたが、ほとんど寝る寸前だった。
慣れた道だから良かったのだが、何か重大な病気にでもなったか?
そう思うぐらいの睡魔だった。
今回は城ケ島、油壷、長浜散策となったが、一足早い夏を感じ、一足早い梅雨の
山も少し感じる事が出来た。
貴重な仏像も観れて大変満足な一泊二日の散策であった。
 

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